
横井照子ひなげし美術館の建物は明治初期の板倉を二棟、
当時上宝村と清見村(現高山市)の山深い集落より移築、改修したものです。
土台の敷石もそのまま高山より運んできたものを使用しており、
また外回りの石垣は、恵那市中野方町の坂折棚田の石を積み上げたものです。
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廃材・古材を構造の一部として活用し、二棟をつなぐ渡り廊下を
設けることで中庭を囲むコの字型の建物が完成しました。 -

渡り廊下の窓からは中庭の枝垂れ梅をご覧いただけます。
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また、展示室二階の窓からは敷地内にある四季折々の
草花や裏手に広がる栗畑の風景が一望できます。
春から夏にかけては横井氏お気に入りの真っ赤なひなげしが
美術館周りの庭を彩ります。
- 恵那川上屋では横井照子がデザインした包装紙や手提げ袋、掛け紙など、商品を包む際に使用しています。
愛知県津島市で生まれた横井照子の美術館がなぜ恵那の地に存在するかは、恵那川上屋鎌田社長との出会いにありました。恵那川上屋社長がまだ十九歳の頃、菓子の修業を兼ねてヨーロッパを旅行していた時にスイスで横井照子に出会い、それを皮切りに交流を深めました。
「僕が将来商売をやるときにはあなたに絵を描いてもらいたい」と言った社長の決意の中には、たくさんの日本の人にも横井照子の絵を見てもらいたい、そのためにいつか美術館を建てよう、とそんな夢も含まれておりました。




